ホテル・ルワンダ
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ホテル・ルワンダ プレミアム・エディション
販売元:ジェネオン エンタテインメント |
見た。
ルワンダでのツチ族とフツ族の殺し合いのニュースは記憶に新しい。
衝撃を受けたけれど、私は何もしなかった。自分にできることがあるとは思わなかった。
この映画は実話に基づいていて、他の戦争(殺戮)映画にはないものを感じさせる。
それは、その場にいる人が「理由」を持って動いていないこと。
正義のためとか、反アメリカとか、民族の違いとか、私たちが慣れ親しんでいる「理由」で人が動いていないことがよく分かる。
「戦場」では生きるか死ぬかしかないらしい。
国連軍たちは危険が迫ると去っていく。
世界中で起こっている戦争や内乱やテロを自分の身のこととして感じられないから、私は何もしない。
主人公で黒人男性のポールもこのような状況になって白人と自分は決定的に立場が違うのだということに気付く。平和な時には白人と同じ酒を飲み同じ葉巻をすって…同じだと思っていた。
今総理不在の日本の国会で話題になっている給油の延長問題が自然と頭に浮かぶ。私は賛成なのだろうか反対なのだろうか?
判断材料がなさすぎる、という理由で私は判断を保留するしかない。
この映画は西洋資本のホテルチェーンを任された黒人男性ポールがそのホテルを使って1000人近い人の命を救ったという実話だ。
ホテルチェーンの社長であるフランス人にはジャン・レノが扮していて、ホテルにいる人たちの命を救うことにはなんとか成功するが、それ以上はできないという。
映画の中にはたくさんの死体が出てくる。彼が1000人救ったところで大勢が変わるわけではない。彼は勇敢で正義感が強いが、1000人救ってもそれはほんの一部のラッキーな人々にすぎないと思ってしまうくらい、この事件は大きなものだとあらためて感じた。
なんの選択肢もなく死ぬしかなかったたくさんの人々。私がもしルワンダの当事者なら、確実にそっち側の人間になっていただろう。そういう人のほうが圧倒的に多いのだから。
たまたま日本にいて、どういう手段を使ってかは知らないが国がお金持ちなので西洋諸国も相手にしてくれるし、私は餓死する心配もなく生きていられるだけなのだ。
でも不幸な人たちを見て自分の幸せに感謝などしたくない。それは「自分でなくて良かった」と言っているのと同じことなのだから。
「何があっても」という言葉を日本でもよく聞くが、ほとんどの人は「何があっても」の内容を甘く見ている。現実はそんなに甘くない。「何があっても」をつけてできる約束などない。
私は精神疾患を病んで、そのことが身にしみた。人の心がいかに危ういものであるかを知った。自分が弱かったから病気になったとは思っていない。誰にでも起こりうること、すでに病気になりながら(休まなければいけない状態なのに)働き続けている人だってたくさんいるはずだ。かつての私がそうであったように。
ここまで書いて気付いた。私は今、私の命を守ることで精一杯だ。戦場ではないけれど、まるで戦場にいるかのように、発病当時は生きるか死ぬかしかない世界にいた。やっと安全なところまでたどり着いたばかりなのだ。まだ危険はある。
映画の中でもそういうシーンがあった。前線を越えたから安全だ、と。
戦乱と病気をたとえるのはどうかと自分でも思うが、命がかかっていたことは事実。命は外側から奪われることもあるし、内側から奪われることもある。はかないものだと思う。また、とても大きな大切なものだとも思う。
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