自分の体の状態を把握してコントロールするのがこんなに難しいとは神経の病気になるまで考えたこともなかった。
発病したときは完全なアンコントロール状態だった。でも当時は本人さえ自分がそうなっていることは分からない。
良くなっているのか悪くなっているのかも分からなかった。これは5年くらい続いたと思う。
2年くらい経った時「リタリン」という薬を処方された。あまりに欝がひどいので出された薬だが、これは精神安定剤なんていうものじゃなくヤクでした。
飲むと2時間だけハイテンションになるのです。とても気持ち良かった。ヤクをやる人の気持ち分かる~って感じ。
しかしダイエットと同じで、無理にテンションを上げるのはリバウンドがすごい。(/_;)/
半年服用してアップダウンが苦しくなってやめた…。
発病から5~6年、今から2~3年前から少しずつ「われに返る」という言葉がぴったりの体験をした。何年間も「われに返らない」ということがあるんですね。
変な宗教に洗脳されるのもそういう感じかなーなどと思います。
「われに返ってきた」と感じ始めてからも、自分の状態コントロールは難しかった。
治ってきたと思うのが良くないらしい。
皆さんそうだと思いますが「元の生活に戻るんだ」という欲求が強くて、少しでも調子が良いと頑張ってしまうんです。その結果具合が悪くなって「やっぱり私はダメなんだ」と落ち込むのです。
私の場合、思いのほか治療が長引いたので、上記のようなことを何回も何回も繰り返しているうちに、やっと学習しました。
「元の生活に戻るとか考えないほうがいい」
「これは新しい人生がすでに始まっているんだ」
分かっても、調子がいいときにはやはりいろいろやってしまうし、そのせいで体調を崩したりもします。でも学習してからは「ああ、ちょっといろいろやりすぎたからなんだな」と思えて、以前のように大きく落ち込むことは減っていきました。
この数カ月は毎日毎日が地獄だったのを自分では思い出せないほど良くなりました。
でも、本などで辛い状況にある人の話などを読むと、普段忘れている発病当時の状態が脳裏によみがえってきて、涙が出ます。「ああ、本当に死ぬほど辛かったなあ」と思います。
約8年前の自分と今の自分で一番違うのは、体の声や心の声に耳を傾けるようになったことです。
無視すると、ひどいしっぺ返しを受けますから(/--)/
まあ、数えきれないくらいそういう体験をすれば、どんな人でも学習します。
今困っているのは心の声を聴くのはまだ苦手だということです。
危険信号として、落ち着きがなくなったり、息が苦しくなったり、胸が詰まった感じがしたりはするので「今は横になろう」とかそういう判断はできるのですが、心が何を言っているのかは分からないのです。対処ができるようになっただけでずいぶんと楽にはなったんですけど。
発病当時から、それはあまり変わっていないようです。
6年ほど前にこんなことがありました。
ある日出かけるつもりで支度をしていたら急に胸が締め付けられるような気がして、とても出かけられない状態になったんです。行きたいのに行けない!と半べそです。
それで友だちに電話して「出かけたいのに出かけられないんだけど…」と言うと「行くのやめたらええんちゃう?」と言われました。
「!」
私は行くのが嫌だったのです。でも友だちに言われるまで「行かない」という選択肢は頭に浮かびませんでした。体ははっきりと拒絶しているのにです。
多少熱があったって普通会社は休まない。薬を飲んでボーっとしながら仕事して、数日かけてやっと治るという感じでした。
だから、ましてや仕事でもないのに行かないなんて、考えもつきませんでした。
それがけっこう大きなきっかけでしたね。
行きたくないところには行かない
病院とか行かなければならないところに行けない時は、付き添いを頼んだこともあります。
ただ、私の場合、病院は「絶対に行く」という強い意思がなぜかありましたので、自転車に乗れないくらい具合が悪い日は歩いて行きました。
長かったのか短かったのか。
病院にはいろいろな人がいます。
精神病院に20年以上入っていて出てきた人もいます(私の病院は通院のみなので)。
20年や30年の闘病生活なんてザラです。
そう思えば8年は短い。
でも、長い。
心の風邪だとか人生の夏休みだとかいう言葉があるけれど、それは「元の生活に戻る」というのが前提の発想だと思う。
これだけ長くなったら「これも私の人生」と思わないとやってられません…。
それでは、今日はこのへんで…
どうしてだろう?
こんなことを書きたくなったのは…
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